<秋葉原通り魔事件>

秋葉原通り魔事件


 トラックを運転して通行人を轢き殺し、さらにサバイバルナイフで次々と刺し殺すという殺害方法は、トラックで通行人を次々と轢き殺した通り魔事件と連続児童殺傷事件を組み合わせたものであり、過去の通り魔事件を真似ているだけに、マニュアルがあるのではないかと疑われる事件である。こういうテロに類似した殺人事件が増えているのは、情報だけが一人歩きしている現代社会を象徴している。

 現在は良くも悪くも情報社会である。昔だったら、ニュースで報道された情報はすぐに忘れられてしまって、調べる方法も限られていた。自分で自殺方法や殺害方法を考えるというのは、なかなか出来ることではない。

 ところが、今は、それを無料で教えてくれるものがある。インターネットである。インターネットを使えば、過去の殺人事件や自殺事件について詳しい情報が得られる。

 自殺を考える時は、自殺方法をインターネットで検索して情報を集め、自分が望む自殺方法を選択する自由がある。他殺もまた同じであり、過去の殺人事件について検索して、殺害方法に関する情報を集め、自分が望む方法を選んで、それを実行出来るのである。もちろん、いくつかの事件を組み合わせて新しい事件を起こすことも出来る。

 警察に捕まった時に、どういう言い訳をすれば裁判で刑が軽くなるかも調べることが出来る。情報が一人歩きして、事件を複雑なものにしている点は確かにあるだろうと思う。

 コンピュータが無かった昔に、過去の事件を模倣した事件が起こらなかったわけではない。新聞の犯罪報道を切り抜いて集め、それをマニュアル化して犯罪を起こした犯人が捕まった例もある。今は、それがインターネットに変わっただけの話である。

 生命を捨てて自殺事件や殺人事件を起こそうとする犯人に対して、過去に起こった事件の詳細な情報を与えてくれるのがインターネットであり、情報社会なのである。知能犯が増えるのは知識を求めるのが容易になった情報社会がもたらしたものでもある。

 秋葉原での通り魔事件は、情報社会でしか起こらない事件かもしれない。今までに起こった殺人事件の情報は、すでに警察の手を離れて、誰でも閲覧出来る状況にある。トラックを使った殺人事件、サバイバルナイフを使った殺人事件など、犯人が方法を調べようとすれば、何でも情報が手に入る時代なのである。

 こういうテロと犯罪の区別が難しい社会に我々は生きている。もちろん、それをもたらしたのも情報社会である。情報社会以前は知識不足で小さな事件に終わったはずのものが、情報社会では十分な情報を集めることが出来るので、大きな事件に発展する例が少なくない。

 秋葉原の通り魔事件も次に起こる事件のモデルケースとして記憶されるのかもしれない。トラックで通行人を轢いたり、サバイバルナイフで刺し殺すだけではなく、さらに多くの人を殺傷するのが目的の殺害方法が加えられるようになるのだろうか。

 一人の犯人による殺傷事件の被害者が急激に増えているのは、殺害方法が巧妙化している背景がある。情報が十分に与えられる環境が整い、社会不安が増大している中での犯罪であり、今後も深刻な事態の発生が懸念される。

 同時に、こうした事件が起こる背景として、若者のテロリスト・コンプレックスがあるのではないかと思うのである。死を覚悟しなければならない時に、英雄としての死を望むのは、洋の東西を問わず、どこの国でも同じである。

 池田小学校事件によって大量殺戮をおこなう殺人犯が英雄視され、出来る限り大勢殺して自らの死刑を望む者が増える傾向がある。由々しき事態だろうが、政府が十分な対策を取っておらず、それに対する不満があるのだろう。

 テレビで放送されるイラクでの自爆テロ報道が、こうしたテロリスト・コンプレックスの若者を刺激している一面は確かにあるだろうが、国や文化を守る為に命を捨てている人たちと単なる大量虐殺を目的とする者とは一緒に出来ないだろう。

 地下鉄サリン事件で大量虐殺を目的としたテロや殺人が世界中で報道されて脚光を浴びた頃から、マスコミ報道を目的とした自殺や他殺事件が多くなっているように思う。

 マスコミの関心を呼ぶ為には、大勢殺すほど注目されるわけであり、今度の事件も真の目的はそれではないかと思うのである。これもまた、情報社会の一面ではある。



                                   <NOBUAKI>