<NHK特集「ワーキングプア」への疑問>

NHK特集「ワーキングプア」への疑問


 すでに多くの人が、NHKが製作放送した「ワーキングプア」という番組への批評を書いているが、私はコメントを付けなかった。その理由は、NHKの現実離れした番組制作姿勢に嫌気が差していたからである。他の人の意見を聞いてから書こうと思って、しばらく時間を取ることにした。その間に番組を2回見ることになったが、何度見ても矛盾を感じざるを得ない。理由は、正社員労働者や自営業などのあまりにも完璧過ぎる人達しか取材していないからである。民放だったら、一日に小銭程度のお金しか残らないような生活をしているフリーターやニートのような人でも取材するが、NHKは完璧な労働者、模範的な労働者しか取材しない。その真意を考える時、ワーキングプアの現実が必ずしも明らかになっていないことを考えざるを得ないのである。

 ワーキングプアとは何だろうか。低賃金労働と訳すと誤解を招くことになる。低賃金労働は昔からあったからである。社会主義国だったら、すぐに使いたがる言葉があるが、それを使わない為にワーキングプアという言葉を使っているとしか思えない。言わば、言葉のすり替えである。

 ワーキングプアという意味不明な英語を使うよりも、経済奴隷とか、搾取階層という、明治時代から使われている言葉を適用する方が適切な気がする。それが駄目ならば、せめて貧困層という言葉を使うべきだろう。

 何よりも働いていて貧しいのは美徳であり、働く場が無くて貧しいのは自業自得であるという定義の下に評価されるのでは、ワーキングプアを全く理解していないと言うべきだろう。特に若い世代は働きたくても働く場が無いという状況にあり、働くことが出来てもフリーターしかなく、低賃金労働であり、いつ解雇されるかわからない不安定な職場であり、健康保険や年金も無いような境遇に置かれる。仕事を辞めればニートになるしかない。こういう労働の質の低下がワーキングプアなのであり、斜陽産業の人達が賃金の下落に苦しんでいるのは産業構造の問題である。

 番組で取り上げられていた人達は、家族があり、今までは人並みの生活をしていた人達であり、むしろ恵まれているワーキングプアである。こういう人達を取材して放送しても、同じ境遇にある人達の同情を誘う程度の意味しかなく、これから、さらに深刻さが増すワーキングプア問題の解決にはならない。

 ワーキングプアを考えるのならば、発展途上国の人達を考えなければならない。彼らは決して国が貧しいことが悲劇の原因ではない。貧しい家に生まれると、教育が受けられず、教育が無ければ高学歴を要求される高給取りの仕事に就職出来ず、それが富裕層と貧困層の分裂を生んで衝突が絶えない状況を作り出しているのである。

 日本は、今、こうした状況に戻りつつある。フリーターになれば、十分な賃金が得られずに結婚も難しくなり、結婚しても子供に高学歴教育を受けさせることが出来ず、それが子供の人生を決めてしまう。こうして、発展途上国のように富裕層と貧困層にはっきりと色分けされて、その間での人の動きがほとんどない状況に置かれようとしているのが現実ではないだろうか。

 こうした状況を放置して労働者の質の低下をもたらし、事故や事件の続発を招き、消費が伸びない、高級品が売れないという深刻な経済問題に繋がっている。さらに、この後には、貧困が原因で質が低下したワーキングプアの子供達が景気が回復しても就職が出来ない、高給取りになれないという格差問題を生む結果となるのである。

 そして、最後には、当たり前の知識さえ持たない世代が生まれて、国家の崩壊にまで繋がるという事態に行き着くわけである。それは、テロと暴動が頻発している国々の現状を良く知っている放送局ならば、どこでも理解出来るはずの問題であり、所得の再分配を悪化させて革命やクーデターで崩壊した国々の例は数知れないことも知っているはずである。

 情報社会であり、ハイテク技術が社会を支えている現代で、こうした貧困と無知が広がって国民の質の低下が続けば、どういう結果を生むかは、現在、ニュースで毎日、放送されている事故や事件の続発を見れば、その原因を詳細に渡って放送せず、単なるセンセーショナリズムな放送に留めている放送局の実態がわかるはずである。全てが国民の質の低下が原因で起こっていることであり、それは格差社会を作り出した政治家の責任なのである。

 ここまで書いても、ワーキングプアという社会問題の一部しか伝えることが出来ないが、世の中を暗くしている真の原因が何かはわかるはずである。全てはマスコミが事実を正確に伝えずに政治的な歪曲を続けて実態をごまかして来たことが原因なのであり、今後は、さらに、それが深刻な事態を引き起こすのは明らかだろう。

 政府は若い世代にばかり眼を向けているが、そういう政策は絶対に成功出来ないのであり、若い世代から中高年に至る全ての世代に対して抜本的な対策を取らなければ効果が期待出来ず、それは少子化問題、ワーキングプア問題も同じなのである。

 こういう総合的な広い視野で番組を作る姿勢が最近のNHKでは薄らいで来たように感じる。むしろ、昔、放送されたNHK特集「21世紀は警告する」の方が問題を掘り下げて警告を発していた番組であったように思う。もっとも、今の日本は、「21世紀は警告する」よりも深刻な事態に直面しているのは確かだろう。



                                   <NOBUAKI>