<出版不況はどう考えるべきか>

出版不況はどう考えるべきか


 私は買ったことが無いのだが、推理コレクター向けの本があって、推理小説に出て来るアイテム(小道具)が全て入っているものがあるそうだ。古い切手、鳥の羽根、布の端切れ、古い銅貨、毛糸、暗号が書かれたメモ紙、古びた記念写真など、推理小説に登場する小道具が全て入っていて、謎を解く鍵になるというマニア向けの本である。今の出版不況を考える時、印刷物だけに集約されて、それ以外の物に眼を向けなかった結果、インターネットのような大容量通信に敗北した出版界の体質がわかる気がする。

 小説を読んでいる間は、文字情報を視覚認識しているだけで、それ以外の感覚は伝わって来ないので、仮想体験であれ、実体験であれ、指で触れられる物が無かったのが出版物である。これは、テレビ、ゲーム、スマートフォン、インターネットが普及した現在でも変わっていない。

 仮想現実(バーチャルリアリティー)の技術開発が進んでいるが、視覚、聴覚は実現しても、触感を伝えるのが一番難しいようで、振動を伝えて疑似的に触感を与えるのが限界のようである。

 小説に登場するアイテム(小道具)が全てあるのであれば、小説を読みながら、アイテムを持ってみたり、触ったりしながら、想像を巡らせるのは確かに面白い発想ではある。本物ではないにしても、手に入りにくいアイテムがあれば、小説を読むのが楽しくなるかもしれない。

 テレビゲームにも似たような発想があって、ゲームに登場するモンスターの人形、武器、防具、道具、ゲーム世界で使う硬貨などが発売されている例がある。コレクターアイテムと呼ばれている物である。

 紙に印刷された文字、漫画、イラスト、写真のような印刷物だけの時代が終わりを遂げ、印刷物では無い物に眼を向けられる時代に入ったのかもしれない。

 今のように記憶技術が高度になった情報社会では、1枚の光ディスクに何千、何万という写真や絵を記憶させることが出来るが、物体を記憶させることが出来ないのが盲点ではある。

 本や雑誌が売れずに本屋や出版社の倒産が相次ぐ御時世だが、情報以外の部分では、昔も今も何も変わっていない。コレクターアイテムはマニアしか関心を向けないようだが、情報と違って、インターネットで送れない物は、出版などの物流界では商品価値を持つのだろう。

 情報伝達手段としての出版の時代は終わったと考えて良いだろう。今後は物と情報を複合した伝達手段に移っていくのかもしれない。



                                   <NOBUAKI>