<メディアファシズムと尖閣ビデオ流失事件>

メディアファシズムと尖閣ビデオ流失事件


 なぜ、尖閣ビデオ流失事件をマスコミが連日連夜で報道するのだろうか。警視庁の国際テロ情報がWinnyを使って流失した事件の方がよほど深刻なはずだが、尖閣ビデオ報道に完全に掻き消された形である。センセーショナルな報道に走りがちなマスコミの体質が良くわかる事件だ。

 YouTubeが開設されたのを知った時に思ったのは、情報のグローバル化が始まり、政府やマスコミが隠している情報が次々と公開され、情報の風通しが良い社会が生まれる事であった。

 それは情報公開と情報漏洩の二律背反の社会が始まるのも意味していたが、情報が必ずしも自由に公開されず、真実の隠蔽や情報操作が多かった過去を考えると、むしろ、良い傾向ではないかと思う。

 それに対して、マスコミの態度はどうだろうか。インターネットが主導権を握る情報社会の中で、インターネットに対するネガチブキャンペーンばかりに奔走するのがマスコミである。YouTubeで流れているビデオ映像は尖閣沖衝突事件だけではない。それこそ、数億の数に達する映像情報が連日流されているのである。

 YouTubeで流れている映像情報を編集して放送するだけで番組が作れるほどであり、どのチャンネルも同じニュースしか流れず、メディアファシズムという批判を受けているテレビ放送とは明らかな違いがある。

 数億の中の1つに過ぎない映像情報を執拗に喧伝するマスコミに画一的な世論形成を謀るメディアファシズムの影を感じるのは私だけではないだろうと思う。

 マスコミが異常なほど尖閣ビデオの放送を繰り返した背景にあるのは、中国がYouTubeに厳しい制限を強いて来た現実と無縁ではないだろう。YouTubeに尖閣ビデオを漏洩する行為は、政治的には中国に対して強力な打撃を与える意味を持つものであり、弱腰と批判を受けている政府に対する圧力にもなるものである。マスコミが大々的に取り上げて報道を繰り返した理由としては、それ以外に考えられるものがない。

 マスコミが騒いだ結果、YouTubeに対する制限が厳しくなるような事態だけは避けなければならないだろうと思う。YouTubeの映像を政治利用したのはマスコミであり、マスコミが報道しなければ、尖閣ビデオは一部の人々が視聴しただけで終わっていたはずである。

 マスコミが大きく取り上げれば事件として認識され、そうでなければ、真相告発ビデオで終わってしまう現実を理解する必要があるように思う。尖閣ビデオが問題視されたのはマスコミが報道したからであり、マスコミが取り上げず、政府が揉み消しをおこなっていれば、尖閣ビデオは注目を集めず、多くの人は知らないままだっただろう。

 尖閣ビデオ流失騒動を作ったのはマスコミであり、YouTubeは手段として使われただけである。



                                   <NOBUAKI>