<メディアファシズムがもたらす凶悪犯罪>

メディアファシズムがもたらす凶悪犯罪


 福岡で若者が高齢者を襲って殺害する痛ましい事件が起こったが、その原因を個人の責任にばかり押し付けて政治や社会の責任を追及しないマスコミの報道ぶりに幻滅した人は多いかもしれない。今ほど政治が空洞化し、管理社会で孤立する若者が多い時代はないのだが、政府にもマスメディアにも、その解決能力は無いようである。

 日本のマスメディアの営利主義のひどさは今に始まったことではない。また、政治の浄化能力が無いのも同じである。我々は子供時代から、こうしたマスメディアが作り出した虚偽と偏向した情報の洪水に押し流され、情報操作に騙され続け、真実を見る眼を摘み取られて大人になっている。

 子供時代に見た番組を思い出していただきたい。アニメにしても、子供番組にしても、孤立した主人公が武器と暴力で問題を解決する番組が多くはなかっただろうか。裸の女の子しか出て来ない、モラルの欠片も無い番組が多くはなかっただろうか。

 こういう商業主義を前面に押し出した番組ばかりを見て育つと、まじめな子供ほど柔軟な思考が出来なくなり、ちょっとした失敗が原因で挫折し、這い上がる道を絶たれてしまう結果になりやすいのである。

 また、企業本位の管理社会では、一つの挫折が人生の全ての可能性を奪ってしまうことも少なくない。賃金や年齢などで不利な立場に立つことが多く、それもまた、管理社会の中で権力を持つ者達が身勝手な論理で作り上げ、一方的に押し付けている法的根拠が無いものが多いのである。

 不器用でまじめ過ぎる人ほど、こうした権力の腐敗、無責任なマスメディアの情報操作に騙されやすく、知らない間に本来の才能や柔軟な思考を奪われ、自由を失っていくことになる。

 すでにテレビでも何度なく報道されているが、世の中には偽装や不正で真実がごまかされている例が数多くあり、それを隠蔽し、情報操作で信じないように国民を騙し続けている政治風土が昔からある。

 こうした営利主義一辺倒の商業主義や無責任を極める政治が行き着く先は全てが同じ杓子定規で作られた価値観の押し付けであり、商業利益にならないものは人間として必要なものでも無視したり、拒絶するように仕向けようとするのである。

 こうした考え方が世の中を偏向させ、治安を悪化させ、事故や事件の多発を生み、行政サービスの低下や負担の増加、無責任な対応をおこなう政治に対する不信を助長する結果にも繋がっているのである。

 視聴率一辺倒、商業主義剥き出しの番組作りが続いた結果、子供がおかしいという指摘がずいぶん昔から知識人を中心に言われて来た。

 高視聴率を取って来た番組が、子供達を病的にして来た一面も否定出来ない。社会性が欠落した人間が増えているのは、こうしたメディアファシズムの責任が大きいし、それをマスメディアが決して認めないのも今に始まったことではない。

 日本のように政治も行政も全てが空洞化し、モラトリアムやサボタージュが横行し、国民の為にあるサービスを十分にやろうとしないで、骨抜きにすることでサボろうとしたり、余った予算を私用に使い込んだり、そういう政治腐敗が骨にまで達している国では、未来が見えない若者が増えても不思議なことではないし、真実を隠して報道せず、政治に媚びて来たマスコミが対応を変えることもないだろう。

 政治腐敗を表向きは批判しているように見えるマスコミが、腐敗している政府以上に腐敗し、形骸化している事実は、昨今の異常な事件の続発と、それを今まで隠し続け、隠し切れなくなって報道を始めたマスコミの姿からも想像がつく。

 いじめ事件、偽装食品、不正事件、隠蔽事件、捏造事件、情報操作など、今では誰もが知っている事件も、実は何十年も前から、その発生がわかっていながら真相をマスコミが隠し続けて来たものばかりである。

 福岡でバスを乗っ取った若者が乗客を殺害した事件は記憶に新しい。同じような事件が全国的に続発するようになったのは、この頃からである。若者による高齢者を狙った殺人事件が多発する傾向にある。それも金目当てのものが多い。政治の責任、マスメディアの責任を隠蔽し、回避し、逃げ回っている状況では、問題の解決はありえないだろう。



                                   <NOBUAKI>