<厚労省のサボタージュに責任は無いのか>

厚労省のサボタージュに責任は無いのか


 厚労省が薬害被害者への連絡を怠った責任を否定する発言をおこなった。日本は役人天国と言われるが、情報を隠蔽し、責任逃れを繰り返せば、国家権力がある以上、役人の処罰は容易なことでは進まないという考えがあるのだろう。裁判を起こしても時間ばかりかかる欠陥がある。官僚主義が行き詰まり、腐敗が進んだ背景として、こういう権威主義的な責任放棄がある。

 どこの国でも同じそうだが、政府や行政が腐敗し、批判されても責任逃ればかりを繰り返して何もしないようになったら、国の寿命は尽きているのだそうである。こういう国は外国から侵略戦争を仕掛けられても、国内で反政府武装闘争が始まっても、役人が同じ責任逃れを繰り返して何もしないからである。

 室町幕府が崩壊し、戦国時代に入った時も同じだったそうである。賄賂を払えば責任を問わないほど幕府が腐って責任体質が無くなった結果、幕府を蔑ろにする武将が増えて無政府状態になり、戦国時代に突入した。

 江戸幕府が崩壊した時も同じだったと言われる。賄賂を払う商人を優遇し、農民を蔑ろにして重税を強いた結果、討幕運動を止めることが出来なくなっている。

 今の日本はどうなのだろうか。このまま役人天国が続いて責任体質を失い、いつの間にか国家権力の空洞化が進んで、誰も政府を信じない国になってしまうのではないかと危惧する。

 産業革命が始まった頃も同じ流れがあり、封建社会が機能しなくなって明治維新に繋がり、産業社会へと移行する結果となっている。

 情報社会が進んでいる現在もまた、同じような流れがある。情報化が進む産業社会がうまく機能しているとは言えないだろう。このまま古い官僚体質を温存させて刻々と変化していく情報社会の流れに乗って行けるとは思えないのである。

 情報社会は情報の伝送容量の大きさで社会が大きく変化する。すでにマスコミが流す情報量を上回る情報がインターネットを通して世界中を結んでいる現状があり、政府やマスコミの力は急速に失われつつある。

 政府やマスコミの衰退は産業社会の衰退という形ですでに現れている。封建社会が米を基準とした経済で成り立っていたものが、産業社会になってからは金本位制の近代経済体制へと移行したのと同じく、今の社会は通貨経済から情報が通貨に置き換わる経済社会へと急速に変わりつつあると考えて良い。

 当然ながら、経済が変わると政治も変わらなければならないわけである。いつまでも産業社会時代の古い官僚主義体制が情報社会に対応出来るはずがないだろう。現在の状況は、情報社会の中で経済が大きく変化しているにも関わらず、政治が何も変わっていない矛盾が露呈した形である。

 情報革命が起こった頃に、政治や経済に置いて法改正を必要とする法律が数多くあり、その後、少しずつ現状追認という形で法改正がおこなわれているが、まだまだ現実の社会に追いついて行けない状況である。

 このまま官公庁がサボタージュを続けていたのでは、明治維新で幕藩体制が崩壊して後、法改正が一気に進んだのと同じ結末が待っているだろうと思う。

 すでに官僚体質の改革は遅過ぎている。このまま放置すれば、どのような形であれ、大きな動きが出て来るのは避けられないだろうと思う。



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