<マスメディアとインターネット>

マスメディアとインターネット


 同じ人間であっても、人によって考え方や意見は違うものである。意見の相違が生じた時に、それを調停する必要があるわけだが、マスメディアは常に平均化した結論を出そうとし、八方美人の形に終結を図るものである。それに対して、インターネットは意見の調停ではなく、異なる意見は異なるままに放置する形を取る。マスメディアが画一的なのに対して、インターネットは多様である。この画一化と多様化の問題がネット上と新聞の紙面で問題になっている。

 マスメディアとインターネットは基本的な考え方から水と油であったように思う。マスメディアは常に一つの情報源から不特定多数の者に情報を発信するのを目的とし、それが出来る限り多くの者達に理解され、受け入れられる為に、可能な限り否定されにくいものにする必要が生じる。

 そして、発信した情報が民衆に浸透した頻度が重要であり、情報の質や弊害はあまり考慮されていない。その為、しばしば画一的で通俗的な情報の氾濫を生み、人々の多様性を奪う流行を作り出すことに力が注がれたりしている。テレビ放送が始まってから、CMや娯楽番組の影響で方言が衰退し、どの地域に行っても同じ嗜好の食品や衣類などの日常製品を使用しているという画一的な社会が出現して、考え方までテレビの影響が日常生活に入り込んで来ているように思う。

 こうした画一化社会を作り出したマスメディアに対して、インターネットは多様性を持つことが許されるメディアであり、極右から極左まで、いくらでも意見が言える情報環境が作られ、議論を戦わせることも出来るようになった。

 今までは、マスメディアによって無視され、隠されて来た社会の現実がインターネットの中では露骨なほど公開されて来ている。我々が住む日本が、決して一つの価値観で統率されている社会ではなく、さまざまな考えを持つ人がおり、マスメディアがテレビ放送によって作り出しているようなユートピアでは決してないことが、インターネットを利用しているうちにわかって来るものである。

 マスメディアを通すと違いが隠されてしまう問題がインターネットでは極端な形で露呈し、しばしば対立の火種となるのは、我々がマスメディアによって、全てがうまく行っているとか、価値観の違いは克服出来るのだという幻想を持たされているからに他ならないだろう。

 そういう意見の相違や価値観の違いを放置すると政治的な対立の原因を作り、衝突が先鋭化することになるので、こういう問題に対してはマスメディアは慎重になり、出来るだけ問題を覆い隠し、八方美人の形に納めようとするが、現実は、それほどうまく行っていないものである。

 インターネットはイデオロギーから宗教、価値観など、社会問題化している多くの問題を直接ぶつけて討論出来る場であり、マスメディアを通すと必ず揉み消されてしまう実態を知る機会を与えられることにもなる。これほど大規模な情報交換の場は過去に例が無かったことであり、今まで情報に関して貧しい立場にあった人達をさまざまな情報で潤すことが出来るようになったことからも大きな意味があるメディアである。

 インターネットで特定のイデオロギーの人達が集まって騒いでいるのが問題だというのは、インターネットのことがわかっていないと言うしかない。そもそも人間というのは多様なものであり、本来は一つの価値観や一つのイデオロギーで統率されているはずがないのである。

 十人十色という諺があるように、人はそれぞれ考え方が違うのが当たり前であり、それを一つに合わせようとするのが、すでに民主主義ではなく、画一主義なのであり、ファシズムなのだと思う。

 マスメディアが作り出して来た画一的な社会で我々は生きているわけだが、それは、より多くの利益を得る為には製品を大量生産に向いた画一的なものにしなければならず、それが民衆の画一的な価値観や嗜好を要求するようになり、マスメディアを通して、それを宣伝するという形を作り出したわけである。

 もちろん、それは政治家にとっても、政治をやりやすくする為に、画一的な価値観の押し付けや共同幻想を生んで来た事実があり、情報操作や情報の隠蔽を生み、それが現在、社会問題として浮かび上がって来ているわけである。

 我々は元々、決して同じでは無かったのである。中央と地方の格差や個人の格差を放置して隠し、共同幻想を生み出して、ごまかして来た社会に生きていたのである。それがインターネットの普及と共に隠し切れなくなって来ているのであり、我々が生きている本来の社会が明らかになり始めているのではないだろうか。

 他の国がそうであるように、我が国にも極端な思想の持ち主はいるのであり、それを隠して来たマスメディアの責任は大きいと思う。外国がそうであるように、日本にもネオナチや共産ゲリラがいるのが当たり前なのである。こうしたイデオロギー対立を隠蔽し、共同幻想を生み出して画一化を進めた結果、現在のような格差社会になっても、労働組合がストライキ一つやらない御用組合になってしまっているのが、それを物語っているように思う。

 テレビで放送されている以上に、現在の日本の状況は深刻だと思う。明日、爆弾テロが勃発しても不思議ではないし、すでにテログループやゲリラ組織が生まれていてもおかしくはないだろう。マスメディアが情報統制の厳しい社会を作り出して来た政治色の強いメディアであるのに対して、インターネットは一般市民から政治家、犯罪者、テロリストまで、あらゆる目的で使われるメディアである。

 インターネットによって、従来のマスメディアによる情報操作が効力を失いつつあるのは事実だろう。インターネット上で起こる多くの問題は、むしろ、日本の現状を色濃く反映した真の社会の姿であり、マスメディアが操作を加えた情報の方が現実から遊離したユートピア幻想を作り出しているのではないかと思う。

 もし、マスメディアが出来る以前にインターネットが構築されていたら、我々の社会は今とは全く違うものになっていたのは間違いないだろう。



                                   <NOBUAKI>