<テロに屈しないの本当の意味>

テロに屈しないの本当の意味


 政府のテロに対する態度声明でしばしば言われたのは、「テロリストとは交渉に応じない。」と「テロに屈しない。」である。だが、この言葉の奥にある本当の意味は別のところにある。つまり、「全ての国民がテロに屈したり、妥協するのを許さない。」という裏の意味である。果たして、テロに妥協しない、屈しないという姿勢を続けることが、どういう結果を招くのだろうか。

 仮に、今、あるテログループが10発の核兵器を保有していて、それを交渉道具として使い、政府から譲歩を引き出そうとしているとしよう。政府はどういう対応を取るだろうか。

 もちろん、「テロリストとは交渉しない」、「テロに屈しない」という原則論を取るのならば、一切の交渉を拒否して、怒り狂ったテログループからの核攻撃を受けて国家が崩壊の危機に直面する道を選ぶしかないことになるが、現実的に見て、テログループが核兵器を持っているのを国民が知ったら、その時点で交渉拒否を続けるのは不可能だし、国民の多くは政府の政策を支持しなくなるだろう。

 それでは、政府はどういう対応を取るのかと言えば、これから先は非常に怖い内容になるのであるが、言わば、情報操作とマインドコントロールを国民におこなってテロリストとの交渉の道を絶ってしまうのである。

 これは戦時中に日本がおこなっていた政策を考えてみればわかる。戦況の敗色が濃厚であったにも関わらず、その情報を全て隠し、嘘の情報ばかりを流して、徹底抗戦を叫び続け、二度の原爆投下も隠して、最後は敗戦を迎えているのである。同じことがテロ対策でもおこなわれると考えれば、大きな違いはないだろう。

 つまり、テログループが核兵器を保有しているという情報が流れても、それは絶対にありえないと信じて疑わないように国民を洗脳するわけである。実際、これは不可能ではない。

 核兵器開発がお金がかかり、技術的に難しいものであるのは多くの人が知っていることである。特に小型化が難しく、持ち運べる大きさの核兵器はなかなか手に入らないのは事実である。しかし、スーツケース爆弾と呼ばれている小型の核兵器を盗み出したり、武器の闇市場で手に入れるのは必ずしも不可能ではないと考えられている。ただ、実際に爆発させることが出来るほど状態の良い核兵器を手に入れるのは難しいらしい。

 こういう事実を誇張して宣伝して、事実上、スーツケース爆弾のような小型核兵器を入手して使用するのは不可能だと国民の多くに信じ込ませることが出来れば、テログループが核兵器の保有を宣言しても、それを否定する情報をマスコミを通じて流せば、国民の多くを信じないようにさせることが出来る。

 国民が信じなければ、政府がテログループに対して強硬な態度を続けても国民の政府支持を守ることが出来るわけである。

 もちろん、そんなことをすれば、実際にテログループが核兵器を使用した場合は、それこそ、総崩れになって誰も政府を信じないようになるのではないかと考える人が多いと思う。事実、そうなる危険が高いのだが、それでも、情報を止めたり、捏造した偽情報を流して、国民の多くが核兵器が使われた事実を知らないように、信じないようにさせるのは不可能ではないのである。核爆発が起こった地域だけに情報が乱れ飛んで、それ以外の地域にはマスコミが情報を流さないように止めてしまえば良いからである。

 もっとも、これはインターネットが無かった時代の話であり、現在のようにインターネットによって情報が世界中を飛び交う社会では、こういう情報操作を続けても、事実が発覚した後の政治不信が拡大するだけであり、むしろ、マイナスの結果を招くことになるだけだろう。

 だが、イラク戦争を見てもわかるように、マスコミが流さないでいたり、発表を遅らせている情報が多いのは事実である。同じことが戦争に限らず、テロに対してもおこなわれるのは間違いないだろう。

 同時多発テロのような大規模テロが起こった後で、それを否定する情報が流れたり、事実と異なる情報が流れることが多いのは、情報操作をおこなっている者がいるからだと考えるのが適切である。

 政府が対処出来ない攻撃手段が使われたり、被害が大き過ぎて国民の批判を無視出来ない状況下に置かれる懸念がある場合には、事実が捻じ曲げられることがしばしばあるのである。これは米国に限らず、日本でも同じである。

 どこの国で起こるかは別として、核兵器を使ったテロが実際に起こったら、その国の政府はなかなか真相を認めようとしないだろうと思う。インターネットがある以上、情報を止めるのは無理だろうが、マスコミの口を封じることは出来るだろうし、事実を否定する情報を意図的に流して、情報を錯綜させ、真相を隠すのは不可能ではないからである。

 もちろん、核兵器を使ったテロが実際に起こったら、情報操作をやっている暇など無く、あっという間に情報が世界中を飛び交って、隠し切れるものでないのはわかっている。

 ただ、その後でも、事実を一つ一つ抹消して、核爆発ではなく、別の爆発だったということにすり返るのは不可能ではないのである。情報操作の真の怖さは、こういうところにある。

 「テロリストとは交渉しない。」とか、「テロには屈しない。」という言葉を政府が使う時には、どこまでが限界であるのか、どれが例外としてあるのかを確認して置かないと、先に書いたような情報操作の醜態劇を演じる結果を招くことを考えて置く必要があると思う。



                                   <NOBUAKI>