<地球外生命探査はなぜ失敗するのか>

地球外生命探査はなぜ失敗するのか


 広大な宇宙で地球以外に知性を持った生命がいるかどうかは謎であるが、謎が解けない理由として、宇宙探査活動では生命が実在しそうな天体を避けている現実がある。今回は地球外生命が大きく期待される天体への探査ほど予算が出なくなり、そうではない天体ほど莫大な予算が認可される不思議を考えてみよう。

 最近、探査機が着陸して脚光を浴びた土星の衛星チタンでの探査活動は、地球よりも濃い窒素大気と広大な干潟や河川の存在が明らかになり、浅い海には固体や液体のメタンがあることが明らかになったが、生命の痕跡は一つも発見されなかった。

 もちろん、それは最初から予想されたことであった。絶対零度に近い極低温の環境下では生命活動が出来るわけがないからである。なぜ、NASAはわざわざ生命がいないことが予測されたチタンへ莫大な巨費を投じて探査機を飛ばし、それよりも近くにあって生命の存在が期待されている天体へは探査機を送らなかったのだろうか。

 グランドツアー計画で惑星探査機ボイジャーが木星の衛星写真を送って来た時、潮汐加熱で激しい火山活動を繰り返していた衛星イオの写真を見て、火山活動がある天体ならば生命がいる可能性が高いと考えた科学者は多かったという。

 実際、イオには原始地球にあった環境がそのまま残されていると言っても良いほど、環境が整っている。まず、高温のマグマが地下にあり、火山活動で表面には溶岩や液体の硫黄酸化物が溢れ、生命の発生に適した高温の場所が至る所にある。二酸化硫黄や硫化水素が溜まった湖や池も見つかっている。火山の火口湖でしばしば見つかる原核生命のような高温の熱水の中で発生する生命ならば、イオにある高温の熱水が溜まった地下湖に原始的な生命が発見されても良いはずであり、その可能性に期待する科学者もいる。

 地球で最初の生命が発生した時にも、摂氏1000度に達する灼熱のマグマと摂氏300度の熱水が接する高温の海の中だったと考えられているし、現在の活火山の地下を掘ってみると、高温のマグマがある場所のすぐ上の熱い岩石の中から熱に耐える単細胞生物がしばしば見つかるのだという。マグマがあるところ生命ありと言っても良い状況である。

 ところが、地球外生命探査の話になると、こういう熱く高温の天体が見つかって、火山があることがわかり、溶岩や硫黄酸化物の湖が見つかると、どういうわけか、生命探査の優先順位が下げられてしまって、いつまで経っても探査機が送られないということになり、生命がいるはずのない極低温の冷たい天体ほど探査機が多く送られる結果になっている。これはなぜなのだろうか。

 結論を先に言うと、地球外生命が見つかると困ることがあるからだということだろうと思う。なぜ、困るのかと言えば、例えば、木星の衛星イオで原始的な単細胞生物が見つかったとしてみよう。それは地球の原核生命に良く似ていて、天体が違っても類似した生命が発生する証拠だと主張する科学者も出て来たとする。

 ところが、よく調べてみると、その生命は地球上の生命そっくりであるだけでなく、遺伝子を調べてもほとんど同じ生命であることがわかったとしてみよう。つまり、過去に地球からイオへ生命が飛来したか、逆にイオから地球に生命が飛来した可能性があることになる。

 それは、おそらく、イオに小惑星が衝突した時に、宇宙空間へ弾き出された岩石が長い時間のうちに地球に落下して地球上で進化した可能性を意味することになる。

 だが、こういう結論が出ると困る人達がいるわけである。つまり、地球の生命が実は太陽系のさまざまな天体から飛来した生命の集合であり、火星や木星の衛星などからも多くの原始的な生命が隕石によって地球に運ばれていて、地球上での生命進化に影響を与えたという過激な学説を認めることを意味するからである。

 実際、これが真実である可能性はゼロではない。もし、これが証明されると、人類がこうして存在出来るのは、ある原始的な生命が地球にいるからであり、それは地球ではなく、他の天体で生まれて地球に飛来した生命であることになりかねない。

 そうなると、我々が食べている生命は本当に地球上で生まれた生命なのかとか、ある種の病原菌は他の天体から来た生命の子孫ではないかとか、そういう議論が一気に巻き起こって収拾がつかない事態に陥る懸念がある。

 我々人類もまた非常に多くの生命が共存する生命圏であり、その中に地球外生命がかなりの種類含まれているとなると、大変な問題を含むことになるわけである。特に問題なのは、地球の生命とは全く交配しないで独自の進化を遂げた生命が存在していて、それは我々が良く知っている生物だということになると、大問題を生む結果となるだろう。

 もちろん、現在のところ、その可能性は否定されているが、それは地球外生命が発見されていないのでわからないということであり、見つかれば状況が一変することにもなりかねないわけである。

 実際、46億年の地球の歴史の中で一度もそういうことが起こらなかったという確証はなく、どこまでが地球の生命であり、どこまでが地球外生命であるかを線引きする基準も見つかっていない。

 地球外生命が実際に見つかるかもしれない天体があることがわかった時に、それを調べてみようという勇気がなかなか出ない理由は、こういうところにあるのではないだろうか。



                                   <NOBUAKI>