<なぜ、いじめが自殺に繋がるのか>

なぜ、いじめが自殺に繋がるのか


 初めて学校でいじめが原因の自殺が起こった時から何十年になるだろうか。あれから学校の運営方針は何も変わっていない。隠蔽体質がひどくなっただけの話である。学校だけではなく、行政もマスコミも企業も全てが隠蔽体質を強め、数字を捏造してごまかす姿勢が露骨になっている。日本は、いつ頃から子供を守らない国になったのだろうか。

 人間の世界とは違って、動物の世界では教育が無いから自由だと考えている人がいらっしゃるかもしれない。残念ながら、そうではない。動物は確かに本能に支配される部分が多いが、それでも親が子供に教えるという行為はおこなっているのである。

 ある科学番組で、猿を使った実験をおこない、親から完全に隔離して育てた猿が妊娠して子供を生んだ時のビデオが放送されたことがあったが、普通の猿ならば、子供を生んだ後は大事に抱えて乳を与えるはずだが、その猿は子供を放り出して走り回り、生まれた小猿は死んでしまっていた。

 子供を虐待する親の事件が最近、相次いでいるが、親から適切な教育を受けずに育った子供が親になった時に起こりやすいと言われる。例えば、子供に食事を与えないで餓死させるという事件がたびたびあるが、普通の育ち方をした人ならば、親は食事を与えないと言って叱ることがあっても、叱って子供を反省させた後は、ちゃんと食事を与えていることを知っているはずである。本当に食事を与えないで放置するような親はまずいないだろう。

 また、親からケガをするほど殴られた人は、おそらく、ほとんどいないだろうと思う。ケガをしないように手加減したり、体に異常を起こす危険が少ない場所を選んで叩いたり、殴ったりしているはずである。

 もちろん、こうしたことは、その人が子供の頃に自分の親がそうしていることを知っていて、真似をしているわけであり、子供を本気で殴ったり、食事を与えないで放置してはいけないことを経験的に教えられているからである。

 最近、虐待死が続発している原因の1つに、親になった世代が子供だった時代に、親から十分な教育を受けていないことが背景としてあるのではないかと言われている。つまり、親の世代が教育不足で子育てが十分に出来ないまま育てられ、その子が親になると、また同じことを繰り返すという連鎖現象である。

 しつけが厳しい親と言うと、漫画やアニメに出て来るような暴力的な親を連想する人が多いだろうが、あれはフィクションの世界の産物であって、あんな行為を実際におこなっていたら、子供は死ぬか、障害者になってしまう。

 しつけが厳しい親ほど、良く見ると、ほとんど暴力を振るっていない人が多いのである。ただ、頻繁に叱り、軽く叩いたりということが多いので、いかにも厳しくしつけをしているように見えるだけで、本当は子供に優しい人が多いのである。

 自分の親を振り返って見ればわかるだろうが、子供に虐待を加える親というのは、子供のことが全くわかっていない人なのである。親子関係が希薄だったり、親の教育が不十分だったせいで、叱り方がわからず、やみくみに自分の考えている通りにさせようとして、暴力を振るうようになる。

 こういう親が増える原因は核家族化と無縁ではない。大家族制の頃は、親戚間のトラブルが多い反面で親が子供をどのように育てるか、しつけはどうやっているかを子供の頃から見聞きして知る機会が多いので、親になった時には、その経験を生かせるし、また、親からも教えてもらえるのだが、現在のような核家族社会では、そういう経験をすることが極端に少なく、親になって戸惑う人が多いのが現実だろうと思う。

 残念ながら、こういう問題に対して学校も行政も無力であり、また、親も公的な干渉を受けることを嫌う人が多い。ここでも孤立主義社会が影を落としている。

 そして、そういう親から育った子供もまた、人間関係が希薄になりがちで、いじめや暴力などの問題を起こしやすい人間になる場合が出て来る。学校のいじめが問題になった背景に、核家族化と団地やマンションなどの集団から孤立した生活空間があることを忘れてはならないだろう。

 では、なぜ、いじめられた子供は自殺を選ぶのだろうか。もちろん、過去にいじめが原因の自殺が全く無かったわけではないし、学校がそれを隠さなかったわけでもない。いじめ自殺が問題になる以前にも、学校でいじめられた女の子が自殺未遂を犯したという噂を聞いたことがあったし、そういう事件は、どの時代にも数は少なくてもあったことなのである。

 ただ、今、いじめ自殺が急増し、問題が深刻化している原因は、教師の指導力が低下していることと無縁ではないだろうと思う。先に説明したように、親の教育力が下がっている上に、教師も指導力が下がっていて、互いに自分のせいではないと信じ込んでいる面がある。

 何よりも、いじめを軽く見る風潮、いじめを隠す体質が社会に蔓延していて、それが事態をこじらせているように思われる。「いじめ」という言葉を使うことが犯罪の免罪符になっているのであって、例えば、中学校で服を脱がされて暴行を受けた中学生が自殺したのを法律用語で言えば、どうなるだろうか。それこそ、性的暴行傷害致死事件として扱われる性質のものである。

 日本でこういう事件が起こっても、単なるいじめで処理してしまうところが問題だと言われている。米国でこういう事件が起こると、まず間違いなく、服を脱がしたのはホモであり、脱がされた中学生は間違いなく性的暴行を受けていると判断されてしまうだろう。自殺したのが、その証拠として裁判で使われかねないことになる。被害者の名誉は踏みつけにされるだろう。

 今の日本は、いじめで死んだことを恥辱として考える人が多いせいか、自殺しても隠されている例が多く、実態が把握されていない。被害者の名誉を守りながら、犯罪を裁くことが肝要であり、いじめ対策は子供以前に親の社会教育からすることが必要だろう。



                                   <NOBUAKI>