<飲酒運転追放キャンペーンは有効か>

飲酒運転追放キャンペーンは有効か


 酒気帯び運転が原因で大事故が起こり、悲惨な被害者の実態が報道されるたびに、飲酒運転追放運動が何度も繰返されて来たが、現在もなお、それが大きな効果をあげて酒気帯び運転が無くなったという状況には至っていない。この原因はどこにあるのだろうか。

 農業文明が存在する地域には、どこでも必ず酒が作られていると言われる。酒と文明は切っても切れない関係にあり、それほど人類と酒とは深い関係にあると言って良い。なぜ、人間が酒を好むのかは、ストレスの発散や儀礼など、さまざまな理由が挙げられているが、酒には習慣性があることが原因として大きいだろうと思う。特に、アルコール中毒にかかった人間は酒を飲まないでいると禁断症状に近い行動を示すと言われる。

 なぜ、飲酒運転が起こるのだろうか。酒を飲むと人間は躁状態と言って、気分が高揚し、普段ならば出来ないことでも出来ると考えるようになったり、やらないことをやるようになる。それが判断力を鈍らせて、飲酒運転を起こす原因を作るのだろうと考えられる。

 こういう状況では、正常な規範に基づく法規を守らせようとしても、なかなか難しく、単にモラルの強化を呼びかけても効果が薄い場合が多い。

 欧米では、飲酒運転に関しては、アルコール検知器を自動車に標準装備させて、検査をパスしないとエンジンがかからないようにし、これによって、飲酒運転を大幅に減らすことに成功しているという。

 ところが、日本の場合は、アルコール検知器を搭載すると自動車が売れなくなることを懸念するメーカーが多く、また、自動車のユーザーも検知器搭載車を嫌う人が多いなど、社会的な了解が得られていない。

 実際、現在のアルコール検知装置搭載車は透明なビニールチューブが車内に飛び出していて、それを口にくわえて息を吹き込むという行為をしなくてはならない為、格好が悪く、面倒であり、何度も使っていると臭うとか、色々と不満が多いのが実態だそうである。

 その為、国内での普及が進まず、現在もこうした対策が取られないまま、飲酒運転が原因の事故が多発し、多くの犠牲者が出ているのが実態である。

 現在のように、多くの多種多様なセンサーが開発されて、普及もしているハイテク社会ならば、息を吹き込まなくても、顔の赤外線画像を撮影して、血中温度を測定し、飲酒状態か、そうでないかを測定することぐらいは出来るだろうと考える人は多いと思う。また、人間でもわずかなアルコールが息の中に含まれていれば、すぐにわかるのだから、人間の嗅覚よりも高性能なセンサーを使えば、息を吹き込まなくても、体から発散するアルコール濃度を検知して調べることぐらい出来るだろうと思う人がいるだろう。

 確かに、一つのセンサーの結果だけで判定するのであれば、正確さに欠ける点が出るが、複数の種類の異なるセンサーを組み合わせて、総合的に判断させれば、かなりの確度で飲酒運転を見破ることは可能だと言われている。

 しかし、まだ、こういう研究は実用化されていない。顔が赤くなっていればエンジンがかからないという、簡単な判断能力を持つ検知装置すら、実用化されていない。赤外線イメージセンサーが20万円もした昔ならば、ともかく、子供のオモチャにも使われる時代になっても、こうした装置は実用化されていないのである。

 飲酒状態にある人間は瞳の動きが通常と違うので、瞳の運動をしばらく観察すれば、飲酒状態かどうかがわかるとも言われるが、これも、眼をデジカメでしばらく撮影して、瞳の細かい動きの変化から飲酒状態を判定する装置は、現在も実用化されていない。

 運転席で数十秒間待つだけでコンピュータが飲酒状態かどうかを判定してくれるという、スマートで費用もあまりかからない装置は十分に可能性があるにも関わらず、実際には、一つも実用化されていないのである。

 理由は、飲酒運転の防止が機械の手によって決まることへの反対が根深くあるということだろうと思う。酒を飲むとエンジンがかからない車は買いたくないと考える人が多くいる為に、メーカーも踏み切れないということではないだろうか。

 飲酒運転追放キャンペーンを単なるプロパガンダに終わらせない為には、完璧な判断は出来ないにしても、多くの飲酒運転の防止には有効な、簡単で安価な防止装置の開発と普及から始めて、それに改良を重ねて行って防止技術を高めていく努力が必要だろうと思う。



                                   <NOBUAKI>