<同時多発テロを再考する(3)>

同時多発テロを再考する(3)


 米国同時多発テロで最後まで謎のまま残されたのは、消えた77便の謎である。国防総省に体当たりしたボーイング757型機の機体はどこに消えたのだろうか。今回は残された謎を要約して書いてみようと思う。

 ハイジャックされたボーイング757型機である77便が国防総省の建物に地面すれすれに水平飛行しながら体当たりして爆発・炎上し、多くの犠牲者を出したと報道されているが、テレビやインターネットに公開されている映像や写真はどれも77便の機体の残骸が映っていないものばかりである。以下のサイトが国防総省攻撃の謎に関して詳しい。

   http://members.shaw.ca/johniuchi/bywho.html

   http://pepop.jp/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=76&post_id=380&order=0&viewmode=flat&pid=238&forum=1#forumpost380

 また、中型旅客機が衝突したにも関わらず、国防総省の被害は予想よりも小さく、外郭のビルの一部が崩れ落ちただけであった。それどころか、機体の主翼がぶつかったはずなのに、他の場所は窓ガラス1枚割れていない。その為、様々な憶測が飛び交う結果となっている。

 これに対して、国防総省は壁が爆撃に耐えるように鉄骨で補強され、厚さが50mmもある強化ガラスが窓に使われていたと弁解しているが、これが真実であったとしても、中型旅客機が衝突して爆発した場合に、凹凸の多い国防総省の外壁が航空機の主翼が衝突したのにも関わらず、歪みや傷が全く無い状態で残り、窓ガラスが爆風の衝撃で表面がひび割れだらけの白く不透明なものにならず、透明さを保っていたというのは、考えられないことであるし、国防総省の外壁の壊れた部分と壊れなかった部分とを比較して見ると、壊れた壁の破損の度合いが著しく、全体として航空機の衝突や爆風に耐えたようには見えない。局部的な衝突による破壊が起こったと考える方が自然なように思う。

 果たして、実際はどうだったのだろうか。77便の機体はどこへ消えたのだろうか。爆発によって吹き飛んでしまったのだろうか。なぜ、国防総省は一部しか被害を受けなかったのだろうか。ここでは、私が知っている範囲で推論を立ててみようと思う。

 もし、中世ヨーロッパの城の構造に詳しい人ならば、国防総省には、城には必ずあるはずの物が無いことに気がつくはずである。それは街を取り囲む城壁である。周囲から敵の攻撃を受けたときに、城壁がないと建物を守ることが出来ない。昔の城ならば、堅牢な城壁が周囲に張り巡らされていて、城門を通らないと中に入れないようになっているものがほとんどである。

 国防総省にも周囲に城壁を作る必要性はあったはずである。国が敵の軍隊に占領され、戦車や装甲車の大軍に周囲を取り囲まれた時に、城壁が無ければ降伏するしかない。国防総省には見えない城壁があって、周囲を取り囲んでいるという噂が昔からあった。

 しかし、それを見た者はほとんどいない。写真を撮ることも禁止されているからである。では、見えない城壁とは何なのだろうか。どういう構造になっているのだろうか。一説によると、国防総省を取り囲む芝生に秘密があると言われている。国防総省の周囲に植えられている芝生の下には厚い特殊鋼で出来た防壁が横倒しになって隠されており、緊急時には、この防壁を水圧機で起こして、周囲に高さ数十メートルの防塁を形成することが出来ると言われている。

 この防塁は戦車砲の砲弾でも貫通出来ないほど堅牢に出来ていて、この防塁を盾にして敵の攻撃から身を守りながら、戦うように設計されているらしい。その為、防塁には、ところどころに兵士や車両が通り抜けられる隙間が意図的に設けられていると言われている。

 また、この防壁の下には深い窪地が作ってあって、防壁を起こした跡地は堀になるように作られており、防塁と堀が同時に形成されるような構造に出来ていると言われている。

 この噂が本当であれば、77便が消えた理由が説明出来る。おそらく、77便は国防総省の建物の近くに不時着するような形で地面すれすれか、着陸した状態で建物に突入しようとしたと推測される。

 国防総省ビルへボーイング757が接近したことを察知した自動装置が作動して、この防塁を起動させたのだとしたら、おそらく、77便の機体は国防総省に追突する前に、この防塁に激突して大破し、その後で堀の中に落下したと考えられる。だが、この防塁には隙間があったので、その隙間に相当する部分が機体の突入を防ぎ切れず、国防総省ビルの一部が爆発・炎上する事態になったのだとすれば、77便が消えた理由と国防総省の破壊規模が小さかった理由が説明出来る。

 マスコミが取材に集まる前に、防壁は元の状態に戻り、堀と防塁は見えなくなった。77便の機体も堀の中に残されたまま行方不明になり、どこを探しても機体が見つからないという謎が残されることになったわけである。

 トラックに大量の砂利を積んで芝生の上に敷いて道を作る作業をしていた理由は、地下の堀の中で燃えている77便の航空燃料の熱で芝生の上が歩けないほどの高温になっていた為の措置だったと考えれば矛盾は生じない。水を撒いてもすぐに蒸発してしまうので、砂利を敷いて地面の熱を防ごうとしたのだろう。おそらく、車両のタイヤや靴が燃え出すほどの高温になっていたはずである。

 この仮説が正しければ、巡航ミサイル攻撃説、自動車爆弾説、戦闘機墜落説、テロリスト自爆説などの諸説のほとんどが否定されることになり、やはり、77便が国防総省に水平に突入して爆発・炎上したということになる。

 国防総省に隠された防塁があるというのは、軍事機密に属することなので、ばれるたびに否定されて来たと言われている。マスコミが報道しない理由もそれであろう。ともかく、これが真実なのだとしたら、国防総省攻撃後に77便が消えた謎も解けたことになる。



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